誰しも失敗することはあります。たとえば仕事などで。
大失敗って辛いし大変だけど悪いだけじゃないよ、ということを私の経験をまじえてまとめてみます。
失敗の体験が作るもの
一般的に自己肯定感というと「成功体験」から生まれると思われています。
何かにチャレンジして成功したときに自己肯定感がアップするものです。
たしかにそのとおりなのですが、私の経験でいうと、なぜか過去の大失敗の体験からすごく大きな自己肯定感を得られているのです。
そしてその自己肯定感たるや単純に成功体験から得られる自己肯定感よりも大きいのです。
じわじわと育つ自己肯定感
私はそこそこ長く生きているので人生の中でそれなりに、それこそいろいろな失敗があります。
大失敗もいくつかあります。
たとえば離婚経験もそのひとつです。
離婚した当初は自己嫌悪に陥りましたし、人間不信にもなりましたし、その体験を良い意味で考えられることは一切なかったです。
「失敗失敗、大失敗・・・」という感じで自己肯定感はマイナス状態になっていました。
本当につらかったです。
で、離婚から数年はそんな感じだったのです。
いや、数年というかもっとかも。
そして現在はというと自分にはそこそこ自己肯定感があると自分では思っているのですが、実は自分自身を肯定できている根拠を考えたときにまず筆頭に挙がってくるのが不思議とこの離婚体験なのです。
自分の失敗体験がなぜ自己肯定感につながったのか?
なぜ自分の失敗体験である離婚が自己肯定感につながったのかを考えてみたところ、自分のなかで離婚の体験のとらえかたが以下のように変化していることに気づきました。
離婚当時
「離婚して辛い私」
(↑ 自己肯定感マイナス、どころかどん底)
現在
「離婚という辛い経験をしても、今、生きている私」
(↑ 私すごいかも・・・)
「失敗体験」が時を経て「成功体験」に昇華したとでもいいましょうか。
これは「離婚」という経験だけではありません。
たとえば仕事でも大失敗した苦い経験が何度もあります。
そしてそれも今や自分自身を肯定できる経験になっているのです。
「あの大変な失敗をしても、今、生きている私」という「成功体験」に変化しているのです。
言いたいことをまとめると、私の自己肯定感を構成している大部分がこのような自分の大失敗体験なのです。
自分の自信のみなもとは何?と考えたとき、大失敗体験がまず頭に浮かぶのです。
大失敗体験は最初はたしかに自己肯定感を下げていたはずなのですが、何年も時を経たら自己肯定感を上げる存在に変わっていったのです。
じわじわ自己肯定感に育ったという感じです。
通常の成功体験は即効性が高いけれど
もちろん私にも普通の成功体験はいくつかあります。
たとえば大き目のものであれば、受験を頑張って志望の学校に行けたとか、仕事で頑張って良い評価を得られたとか、昇格できたとか。
それらはもちろん自己肯定感につながります。
しかも速攻で自己肯定感がアップします。
でもこういった成功体験は大失敗が時を経て変化した成功体験には及ばないのです。不思議と。
失敗したけど生きている自分、てだけでOK
決して「私は大失敗したけどその直後に大逆転して大成功を収めました!」っていうようなステキなストーリーである必要はないんです。
単純に「あの大変な経験を通過した」っていうだけでOKなんです。
それがいずれ確固たる安定した自己肯定につながってゆきます。
今はつらいかもしれないけど大丈夫
今現在つらい経験まっただ中な人っていると思います。
「この経験を良くとらえようとなんで絶対にできないよ」って思っていると思います。
私も大失敗したときはそう思っていました。
自己肯定感マイナスの状態で縮こまっていました。
もういいことなんて絶対起きないのではないか、って思っていました。
でもその苦しい体験が「成功体験」にゆっくりと変化してあなたの自己肯定感をすごーく高めてくれる日がやってきます。
ゆるぎない自己肯定感を作ってくれます。
いつか。すぐではないと思うけど。
1年後、5年後、あるいは10年後になるかもしれないけど。
信じられないかもしれないけど。
だまされたと思って安心して過ごしてください。
こんにちは
プロフィールは
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置いています^^
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