見返りを期待せずに「好感」の無償配布をしてみる

接する人たちにひたすら「良い感じ」をプレゼントする日々をすごす。

このプレゼントにはコツがあって、決してお返しを期待してはいけないということです。

お返しを期待しないというところが一番のミソです。

見返りを期待してしまうと、 「良い感じ」 を振りまいたとして仮に相手が「良い感じ」を返してくれなかった場合(これって意外とよく起こりますが)、必ずガッカリしたり哀しくなったりイライラしたりしてしまいますから。

ガッカリしたり哀しくなったりイライラしたりすると、心や体が疲弊します。

そんな経験をしたら誰だって、 接する人たちに「良い感じ」をプレゼントしようなんて思いをもつことをやめてしまうでしょう。

ですから無償配布なのです、 「良い感じ」の。

無償配布なら、プレゼントしたあとに相手がどういう態度をとろうが気にすることはありません。

もし相手が「良い感じ」を返してくれてもそれを当然とは思わない。むしろ気にしない。

もし 相手が 「良い感じ」を返してくれなくても ガッカリしたり哀しくなったりイライラしたりしない。気にしない。

無償配布ですから、気にする必要がないのです。

これが有償配布の気分だと「モトを取らなきゃ」なんて心持ちになってしまいます。

ですからひたすら無償配布です。街角のティッシュ配りのように。

ひたすら通りすがるひとに「良い感じ」を配る。

「悪い感じ」を人に配るならある意味罪ですが、「良い感じ」を配られて嫌な気持ちになる人もいないでしょう。

だからもう相手の立場やら性別やら年齢やらを気にせずに、相手が不機嫌そうなのかご機嫌そうなのかなんてことも気にせずにとにかくひたすら「良い感じ」をプレゼント。

真顔でなくてにこやかに。

我先にではなくて、お先にどうぞという感じで。

職場の人々、電車の中の人々、お店の店員さん、そしてもちろん家族や友人にも。

街角のティッシュ配りのようにっていったって、実際にティッシュを配るわけでもないので、自分の懐はぜんぜん痛まない。

一日にいくら大量に配ろうが自分のところから減っていくものは何ひとつありません。

今日は色々動き回る日だから昨日の10倍ぐらいの人たちに 「良い感じ」を配らなきゃならないぞ、となっても底なしに配れてしまいます。

だから気にせず大盤振る舞いで「良い感じ」を配りまくってしまいましょう。

最初はどうしたって今までの習慣で、見返りを求めてしまうかも。

でもそういうときは「あ、お返しは期待しないんだった。」と思いなおし、見返りを期待する気持ちを捨てましょう。

そういうことを繰り返していれば、そのうち意識しなくても見返りを期待しないで無償配布ができるようになるはず。

習慣として定着するまでは、毎朝「本日も好感の無償配布をしよう。」と心の中で唱えて一日を始めてみるといいかもです。

私もそんな風に心で唱えて一日を始めてみるようにしてみています。

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